おこめの話

こちらは、店主がお米の話・・・ときにはお米とは関係ないお話を書いていきます。

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このままでは日本のコメが消滅する

米価維持政策はもう限界


2021年(令和3年)11月19日に霞が関の農林水産省会議室で開催された食糧部会。この席で農水省から示された22年産(令和4年産)の主食用適正生産量は675万㌧で、3年産生産量より21万㌧も減らさなくてはならなくなった。

21万㌧と言うのはちょうど青森県のコメの生産量に匹敵する数量である。4年産は青森県一県分のコメを減らさないと需給バランスが保てないというので、農水省はこうした数値を示したのだが、令和3年産で過去最大規模の転作(6万3000㌶)を行っている。4年産ではさらに4万㌶上積みしてコメを減らさなくてはならないのである。



コメの価格を維持するために供給量(生産量)を減らすという政策を続けていれば、いずれコメは市場から消えてしまう運命にある。世界的に穀物の価格が上昇しているなか、こうしたコメ減らし対策を続けるのが正しい政策と言えるのだろうか?

衝撃的な2030年コメ需要予測


博報堂が1992年から2年おきに調査している「生活定点調査」に、「お米を1日1回以上食べないと気が済まない」と回答した人の割合が出ている。

調査を開始した92年は71.4%の人がそう答えているが、2020年ではその割合が42.8%と過去最低を記録した。お米を食べないでも平気な人が約6割もいるというコメ業界にとっては暗澹たる思いになるデータである。調査データには年代別比率も出ているが、20歳台では約7割がお米を食べなくても平気だと答えており、もはや日本人は米食民族だとは言えなくなっている。

調査研究機関の中にはコメの将来の需要予測で衝撃的と表現できる2030年の数値を示しているところもある。

流通経済研究所が総務省の家計調査を基に作成した「穀類小分類の消費金額(市場規模)の伸び率の推移」というデータに、16年と30年を比べたコメ、パン、麺の需要減少率の比率が出ている。人口減少が進むためいずれの食品も減少するが、その比率はパンがマイナス1.8%、麺がマイナス3.9%であるのに対して、コメはなんとマイナス17.8%も落ち込むと想定している。まさに「コメの一人負け」になると予測している。

流通経済研究所は同じ時期に生まれた人の生活様式や行動、意識などからくる消費の動向を調べる「コーホート分析」という手法を用いてこうした予測を出している。

なぜコメだけこれほどまでに需要量が落ち込むのかというと、第一にコメを良く食べる世代がいなくなることがある。年代別で最も多くコメを食べるのは戦後の食糧難時代を過ごした1939年生まれの人で、こうした世代は2030年にはいなくなる。第二は、朝食が「ご飯と魚」から「パンと牛乳」、さらにはグラノーラへと変遷したように、食の多様化が進み、ご飯の提供機会が減少する。第三は女性の社会進出や単身世帯の増加で、家庭で調理する時間が減少、食の簡便化が進み、炊飯という行為そのものが減少すると予測されているためである。

実際、農水省はコメの需給見通しを作成する際、コメの需要量は毎年10万㌧減るという予測をして適正生産量を定めているが、近年、その減少ペースが速まっている。面白いことに農水省はコメ需要の減少要因に「価格上昇要因」もあるとしながら、生産量を減らして価格を上昇させるという政策を止めようとしない。

田植えをする農家がいなくなる!?


農水省が次年度のコメ生産数量を示した食糧部会を開催していた同じころ、茨城県五霞町でドローンを使ったコメの直播(じかまき)栽培の勉強会が開催された。

この勉強会は三重県のコメの集荷業者のたっての申し入れで開催されることになったのだが、この集荷業者がいるまちでは「来年田植えする生産者がいない」という事態になり、なんとかまちでコメ作りを続けるために省力化できるドローンで直播する方法を勉強しに来たという経緯がある。

ドローンによる水稲種子直播栽培は始まったばかりで、技術的に解決しなければならない課題も多いが、生産現場では技術的問題を解決できてから取り組むという悠長なことを言っていられなくなっている。勉強会の場を提供した稲作農家も同じで、同社は現在80㌶でコメ作りを行っているが、この内20㌶はドローンによる直播を実践している。

なぜ、直播栽培を導入したかと言うと、この地区でも離農する農家が増加、同社に栽培を依頼する農家が増えた。ただ、これまでのように田植え(移植)栽培では人手不足もあって作業をこなし切れないことがハッキリしたからである。

追い打ちをかけた「コロナ禍」


日本の稲作農家戸数は、1995年は201万戸あったが、2025年には37万戸、30年には10万7000戸に減るという予測をしている調査研究機関もある。なぜこれほどまでにコメ作り農家が減って行くのかというと、農家の平均年齢は現時点ですでに68歳になっており、今後数年で大量離農することが避けられないからである。

以前、大規模稲作農家や新規就農者、農協の組合長らが集まった席で「コメの消費減が先か、コメ作りを止める農家の急増で生産量が足りなくなるのが先か」が話題になり、大規模農家は現場の変化を肌身に感じていることもあってか「生産する農家がいなくなるのが先」と言っていた。現状を見るとそれが現実味を帯びている。

それを加速させたのがコロナ禍とも言える。

コロナ禍でコメの需要面に与えた影響で最も大きなものは、緊急事態宣言で外食店などの休業や営業時間短縮で、この分野でのコメの需要が落ち込んだ。外食分野で使用されるコメの需要量は大きく、推計で年間200万㌧もある。農水省の推計では中食分野も含めるとこの分野で消費されるコメの量は全体の37%も占める。それだけ重要な分野だということもあってか、農水省はこの分野で消費されるコメを産地銘柄別に調査して公表している。

よくそんなことまで調査していると感心してしまうが、生産者やコメの流通業者にとってはこの分野の消費減は大問題になった。東京の都心部に店舗を構え、こうした外食店ばかりにコメを納入している米穀店はコロナ禍で緊急事態宣言が発せられた時は4割も売り上げが減少、まさに死活問題になった。

コメ作りを断念する農家も


影響を受けたのはこうした業務用米専門店だけではない。量販店向けに多く卸しているコメ卸でも例年、在庫になった前年産は業務用に振り向けて捌いていくのだが、コロナ禍でこの分野の需要が消失してしまったので、そうした営業もできず、結果的に在庫負担が増し、新米を買えなかったこともあって3年産米の価格が大幅に下落した。

新米が出回り始めた9月には雑銘柄では60㌔当たり前年より3000円ほど安い8000円台、コシヒカリでも1万円割り込むところまで下落した。農協の概算金に至っては前年産に比べ3000円~4000円も値下げした産地もあり、組合員生産者も稲作経営の目途が立たず、コメ作りを断念する農家も出始めた。

それに追い打ちをかけているのがコロナ禍での物流の混乱などによる肥料などあらゆる生産資材の値上がりで、この状況が続くと大規模農家でも採算を取るのが難しく、コメ作りをやめるという選択肢しかなくなるというのが現状で、まさに日本のコメ作は危機的状況を迎えている。

それでも続ける生産者の努力


ドローンを使ったコメの直播栽培は、そうしたコメ産業への逆風の中で進められている挑戦となっている。

最初は無人のラジコンヘリで直播を実践したが、ラジコンヘリは1機1300万円もすることや操作も熟練が必要なため、200万円ほどで購入でき、操作も簡単なドローンで直播することにした。ドローンよる直播は3年目になるが、感心するのは軽トラックを改良してドローンが簡単に積み下ろしできるようにし、バッテリーや種子、農薬などを一式積み込んで簡単に圃場を移動できるようにしていることだ。

同社が耕作する圃場は分散しているため、米国のように飛行機で種子を播くというわけにはいかない。その意味ではドローンによる直播は日本の水田に合っているということも言える。ただ、ドローンに積める種子は一回10㌔程度で大きな面積を播種するには何回も種子を積み替えなければならないため、4年産では搭載量が4倍でかつ360度に種子を播ける新しいドローンを購入してそれで播くことにしている。現場での試行錯誤は続いている。

需要も下がる一方で、なり手も減り続ける日本のコメ産業にとって、必要なのは、生産量を減らして価格を保つことではない。ドローンでの直播栽培のような新たな農業手法の開発や実践を奨励することや、社会や食生活の変化に順応したコメの販売や商品開発にある。なによりも日本の国土に最も適した、かつ持続可能な作物であるコメを多様な需要に応えられるよう市場に見合った価格が形成されるようにして需要を取り戻さないことには日本のコメに未来はない。